四溟大師遺跡地

四溟大師遺跡地
四溟大師遺跡地
四溟大師遺跡地

朝鮮後期の僧侶である惟政(四溟大師)の生まれた場所です。四溟大師が1544年(中宗30年)に林守成の次男に生まれ、13歳で出家して直指寺の信默の下で修行し僧侶になるまで子供時代を過ごした場所です。 現在、祀堂の粛清祀、四溟大師が生まれ育った毓英堂、四溟大師が過ごしていた四溟堂などが残っています。1992年に慶尚南道記念物第116号に指定されました。四溟大師は幼い頃を過ごした場所で、多くの逸話が伝えられています。また、四溟大師がたまに帰郷した時に休んでいたという岩がまだそのまま残っていて、彼の歩みが伺え、その人生を吟味できる場所です。村の裏山西側の麓に四溟大師の祖母と両親の墓があります。 壬辰倭乱(1592年日本侵略)が起きると、義僧兵を集めて義兵長として活躍しました。1593年明国の兵が中心となった平壌城奪還戦闘に参戦して功をあげました。宣祖にその功を認められて官職を与えられ、日本との講和を結ぶ使臣としても活躍しました。

四溟大師遺跡地
四溟大師遺跡地

交通

慶州・蔚山方面から

お車をご利用の場合
  • 彦陽IC → 石南トンネル(国道24号)→ 山内面事務所 → 金谷三差路(地方道1077号)→ キンヌプ交差点 → 密陽市庁 → 校洞五差路(右折) → 府北面チェデ交差路 → 武安面シンボク3街交差点 → 武安面事務所 → 四瞑大師生家址
市外バスをご利用の場合
  • 慶州市外バスターミナル → 慶山 → 清道 → 密陽市外バスターミナル → 武安方面バス
  • 蔚山市外バスターミナル → 石南寺方面バス → 密陽市外バスターミナル → 武安方面バス

From Daegu

お車をご利用の場合
  • 南密陽IC → 密陽警察署 → 府北面チェデ交差路 → 武安面シンボク3街交差点 → 武安面事務所 → 四瞑大師生家址
市外バスをご利用の場合
  • 南部市外バスターミナル → 密陽市外バスターミナル → 武安面方面バス

昌原・馬山方面から

お車をご利用の場合
  • 東昌原IC → 進永郡(国道25号)→ 密陽警察署 → 府北面チェデ交差路→ 武安面シンボク3街交差点 → 武安面事務所 → 四瞑大師生家址
市外バスをご利用の場合
  • 昌原市外バスターミナル → 進永 → 河南 → 密陽市外バスターミナル → 武安行きバス

昌寧方面から

お車をご利用の場合
  • 霊山IC → 昌寧釜谷温泉 → インギョ交差点(地方道1080号)→ 四瞑大師生家址
市外バスをご利用の場合
  • 昌寧 市外バスターミナル → 武安バスターミナル → 武安面古羅里行きバス
鉄道をご利用の場合
  • 密陽駅 → 密陽市外バスターミナル → 武安行きバス

周辺の観光スポット

  • 表忠碑閣(碑石)、霊山精舎、魚変堂、ミリボル民俗博物館

表忠寺

表忠寺
表忠寺
表忠寺

嶺南のアルプスと呼ばれる密陽載薬山(標高1,189m)麓に位置する表忠寺は、 儒生を教育し聖賢を祀る表忠書院がきょう内にあって仏教と儒教が一か所に共存する特色あるお寺です。新羅武烈王元年(654年)、元暁大師が創建して竹林寺と名付けたのを新羅興德王時代に霊井寺に改称しました。憲宗5年(1839年)壬辰倭乱(文禄の役)のときに僧兵を擁して国難に立ち向かった西山、四溟、騎虚の3大師を祀った表忠祀堂をこちらに移した際に寺の名称も表忠寺に変えられました。表忠寺は新羅時代から高麗時代にかけて普愚国師(889)、『三国遺事』の著者である一然国師(1286)、天熙国師(1290)が禅風を管掌し、一国の名刹となりました。朝鮮時代後期には四溟大師の8代目法孫である月坡堂天有和商が八道都摠摂の座につき、全国(八道)寺刹の僧規と風紀を監察取り締まる糾正所を設置しました。近代に入っては曹渓宗宗正と統合宗団の初代宗正を歴任した曉峰先師が主席として入寂した場所です。昔から名山竜谷名山幽谷として名高かった表忠寺一帯には数多くの高僧大徳に纏わるいろんな話が語り継がれています。

表忠寺
表忠寺

交通

慶州・蔚山方面から

お車をご利用の場合
  • 彦陽IC → 加智山トンネル(国道24号)→ ホバクソトンネル → オルムコル交差点 → トレ峠方面(左折)→ 環状交差点 → 表忠寺方面
市外バスをご利用の場合
  • 慶州市外バスターミナル → 慶山 → 清道 → 密陽市外バスターミナル → 表忠寺方面バス
  • 蔚山市外バスターミナル → 石南寺方面バス → 密陽市外バスターミナル → 表忠寺行き市内バス

大邱方面から

お車をご利用の場合
  • 密陽IC(蔚山と同じ方面)→ 金谷三差路(右折)→ 丹場方面 → 表忠寺
市外バスをご利用の場合
  • 南部市外バスターミナル → 密陽市外バスターミナル → 表忠寺行き市内バ

昌原・馬山方面から

お車をご利用の場合
  • 東昌原IC → 進永(国道25号)→ 密陽警察署 → 密陽市庁 → キンヌプ交差点(国道24号と25号の分岐点)→ 金谷三差路(右折)→ 丹場方面 → 表忠寺
市外バスをご利用の場合
  • 昌原市外バスターミナル → 進永 → 河南 → 密陽市外バスターミナル → 表忠寺方面バス

昌寧方面から

お車をご利用の場合
  • 霊山IC → 昌寧釜谷温泉 → インギョ交差点(地方道1080号)→ 武安面→ 嶺南農産物試験場 → 校洞新村五差路→ 密陽市庁 → キンヌプ交差点(国道24号と25号の分岐点)→ 金谷三差路(右折)→ 丹場方面 → 表忠寺
市外バスをご利用の場合
  • 昌寧市外バスターミナル → 武安→ 密陽市外バスターミナル → 表忠寺行き市内バス
鉄道をご利用の場合
  • 密陽駅 → 密陽市外バスターミナル → 表忠寺方面市内バス

周辺の観光スポット

  • オルムコル、ホバクソ、載薬山、獅子平

表忠碑閣

表忠碑閣
表忠碑閣
表忠碑閣

表忠碑は別名では「ハンビ(汗碑)」または「汗をかく碑」とも呼ばれ、密陽市武安面弘済寺の境内にあります。碑前面には四溟大師(1544~1610)の忠義と行状を表す「松雲大師霊堂碑銘幷序」という文言が刻まれています。ここには、壬辰倭乱(文禄の役)が起こると救国の忠魂で義僧兵を擁し、壬辰倭乱・丁酉再乱中に数多くの戦場に出て日本兵を打ち破ったこと、そして戦乱後は講和と探賊の使者として日本に渡り、ずば抜けた外交力を発揮して両国を平和に導いた功績などが刻まれています。英祖時代の丞相・陶谷李宜顯がこの文を作り、退漁金鎭商)が字を書き、領相の知守斎兪拓基が碑額を書きました。 裏には清虚堂西山大師の輝かしい功徳と騎虚大師の事跡を表す「西山大師碑銘」が、側面にはこの碑を建てた人の名前など書いた「表忠祠事蹟記」がそれぞれ刻まれています。この碑は英祖18年(1742年)、四溟大師の5代目の法孫である南鵬禅師が慶山から取り寄せた烏石で建てられました。坐台石と螭首は御影石でできた、地上からの高380㎝、幅98㎝、厚56㎝もある碑石で、巨大で荘重な姿をしています。表忠碑は 国に一大事があると、その前後に碑面に自然に雫ができて汗のように流れますが、人はこれを祖国の安否を心配する四溟大師の霊験と神聖視しています。

交通

慶州・蔚山方面から

お車をご利用の場合
  • 彦陽IC → 加智山トンネル(国道24号)→ ホバクソトンネル → 山内面事務所 → 金谷三差路(地方道1077号)→ キンヌプ交差点 → 密陽市庁 → 校洞五差路(右折) → 府北面チェデ交差路 → 表忠碑閣
市外バスをご利用の場合
  • 慶州市外バスターミナル → 慶山 → 清道 → 密陽市外バスターミナル → 武安方面バス
  • 蔚山市外バスターミナル → 石南寺方面バス → 密陽市外バスターミナル → 武安方面バス

大邱方面から

お車をご利用の場合
  • 南密陽IC → 密陽警察署 → 府北面チェデ交差路 → 武安面シンボク3街交差点 → 表忠碑閣
市外バスをご利用の場合
  • 南部市外バスターミナル → 密陽市外バスターミナル → 武安面方面バス

昌原・馬山方面から

お車をご利用の場合
  • 東昌原IC → 進永(国道25号)→ 河南邑(地方道1008号)→ ミリボル民俗博物館 → インギョ交差点 → 武安面事務所 → 表忠碑閣
市外バスをご利用の場合
  • 昌原市外バスターミナル → 進永 → 河南 → 密陽市外バスターミナル → 武安行きバス

昌寧方面から

お車をご利用の場合
  • 霊山IC → 昌寧釜谷温泉 → インギョ交差点(地方道1080号)→ 表忠碑閣
市外バスをご利用の場合
  • 昌寧 市外バスターミナル → 武安バスターミナル → 表忠碑閣行きバス
鉄道をご利用の場合
  • 密陽駅 → 密陽市外バスターミナル → 武安行きバス

周辺の観光スポット

  • 四瞑大師生家址、弘済寺、霊山精舎、魚変堂、ミリボル民俗博物館